CAMERTON Binom-ER|"低きに流れない"ものづくり——スピーカーとヘッドホンを貫く設計思想
- 7月6日
- 読了時間: 6分

オーディオの製品づくりには、大きく二つの道があります。
一つは、お客様が欲しいものを作る道です。すでにある解を棚から取り出し、多くの人が「これが理想だ」と思っているものを、その通りに差し出す。もう一つは、作り手が「これが本当に良い」と信じるものを形にし、お客様の側をその高さまで引き上げていく道。後者ははるかに難しく、時間もかかります。
CAMERTONの設計者Oleh Lizohubは、後者について私たちにこう語っています。要約すれば——「ひとつは、市場にすでにある“正解”に合わせ、多くの人が欲しいと思っているものを、その通りに差し出す道。既製の解を棚から取ってくるようなやり方だ。私は、もうひとつの道を選ぶ。自分が本当に良いと信じるもの——小さく、力強く、音楽的なもの——を妥協なくつくり、聴き手を、これまで知らなかった音の世界へ誘っていく。簡単ではない。それでも私はいつも、その道を行く」。
この一節に、CAMERTONというブランドのすべてが凝縮されています。低きに流れない。市場に媚びない。この記事は、その思想がどんな製品として結晶しているかを辿るものです。
「本当に良い音とは何か」から始めるブランド
CAMERTONは、1999年にウクライナで生まれ、2019年にドイツで新たなスタートを切ったスピーカーメーカーです。彼らが何より重視するのはドライバーユニットの開発で、すべての製品に自社開発のドライバーだけを使います。
特徴的なのは、その始め方です。他社製品の分析や既存の常識から入るのではなく、「本当に良い音とは何か」という根本的な問いから、白紙の状態で設計を始める。既製ユニットを買ってきて組み合わせれば、開発ははるかに楽になります。それでも彼らは、心臓部を自分たちで作り切ることを選ぶ。先ほどの「低きに流れない」という姿勢は、抽象的なポリシーではなく、こうした具体的な選択の積み重ねとして現れています。
Binom-1——思想が最も純粋に出るスピーカー
その思想を、いちばん素直な形で見せてくれるのがスピーカーのBinom-1です。フルレンジのドライバー一基で低域から高域までを受け持ち、複数のユニットもクロスオーバーネットワークも持ちません。一般的なスピーカーが複数のユニットで帯域を分担するのに対して、Binom-1はたった一基で全部を鳴らし切る。「この一点こそが設計思想の核心だ」と、メーカー自身が言い切っています。
補足すると、これはオーディオの世界では、かなり少数派の選択です。スピーカーの主流は、低音用・高音用と複数のユニットに役割を分け、クロスオーバーで帯域を振り分ける「多ウェイ方式」。一基で低域から高域までを破綻なく鳴らし切るのは技術的に難しく、多くのメーカーは帯域を分けるという堅実な答えを選びます。イヤホンやヘッドホンでも、ドライバーを複数積んで役割を分ける構成は、性能を分かりやすく打ち出せる有力な主流のひとつです。数の多さは、それ自体が“わかりやすい価値”になります。Camertonは、その逆を行きます。数を足すのではなく、一基をどこまでも磨き上げる。だからこそ、その一基は尋常な作りではありません。
Binom-1は、CAMERTON自社のBinom-Aシリーズのドライバーを載せ替えられる設計で、その最上位が「Binom-A2」です。A2では、振動板の補強にこれまで使っていたアルミを、特殊な含浸処理を施した異方性カーボンファイバー(バルサとの複合材)へ置き換え、その重さをわずか2.6グラムまで削り込んでいます。軽く、それでいて桁違いに剛性が高い——余分な共振を徹底的に殺しながら、音の細部だけを伝えるための素材選びです。資料には、素材のパラメータを「物理的な限界まで」追い込んだ、とあります。

そして一基で全帯域を背負わせるからこそ、複数ドライバーにつきものの位相の乱れや干渉がなく、音像の焦点と定位が際立って揃う。楽をするために帯域を分けるのではなく、難しい方を選ぶことでしか得られない一体感が、ここにあります。
Binom-ER——同じ思想を、頭上へ

そして、この思想をヘッドホンという器に注ぎ直したのがBinom-ERです。CAMERTONは、スピーカーで積み上げてきた設計哲学がこのヘッドホンへと展開されている、と説明しています。ヘッドホンでも、Camertonがすることは変わりません。ドライバーの数で解くのではなく、ただ一基のドライバーをどこまで作り込めるかで勝負する——"引き算"の発想は、ここでも一貫しています。
心臓部の自社開発アイソダイナミックドライバー「BINOM-E」では、内部のアルミニウム導体が「信号を伝える」役割と「振動板を制御する」役割を兼ね、余分な部品を持たせないことで軽量化と効率を両立させています。超薄型の平面振動板には、フォトエッチングで不要な金属を精密に削り落とし、導体の電気特性を突き詰めている。
外部からの干渉を断つ考え方も徹底しています。ドライバーとイヤーカップのあいだの剛性接続をあえて排除した「機械的絶縁構造」、イヤーカップ外縁のシリコンインサート、ヘッドバンドの伸縮まで非接触の磁気機構にして、振動の伝達経路そのものを断つ。ヘッドホン自身が外部の振動を拾ってしまう"マイクロフォン効果"を、構造から抑え込むための設計です。左右どちらのイヤーカップにも挿せるMSC(マルチコンタクト・シンメトリカル・コネクト)、CNCで一体加工する高剛性アルミ筐体まで、どれも「まず理想の音があって、そこから逆算した結果」に見えます。スペックを盛るための機能ではなく、思想の帰結としての機能。私たちはそう受け取っています。
だから、"出自"ごと聴いてほしい
私たちは、ヘッドホンやイヤホンを中心に扱ってきた輸入元です。その私たちが、OTOTENをはじめとする場で、あえてCAMERTONのスピーカーBinom-1を展示してきました。理由は、ここまで書いてきた通りです。Binom-ERというヘッドホンの本当の姿は、スペック表の数字の中ではなく、「低きに流れない」というブランドの出自の中にある——それを、スピーカーという最も純粋な形でも感じてほしかったからです。
こうした製品は、スペック表だけが独り歩きすると、その真価がいちばん伝わりにくいものです。だからこそ私たちは、正規輸入元として、ただ製品を国内に運ぶだけでなく、その背景にある思想を自分たちなりに噛み砕き、きちんと言葉にして届けたいと考えています。「なぜ一基なのか」「なぜここまで削るのか」——その"なぜ"ごとお渡しすること。それが、この種のブランドを預かる者の役割だと思うからです。
そして、その思想がもっとも純粋に表れたスピーカーBinom-1も、いよいよ日本でお届けできる見込みです。ヘッドホンのBinom-ERと、その源流であるスピーカーBinom-1。両方が日本で揃うことで、Camertonという作り手の考えを、より立体的に受け取っていただけるようになります。ポータブルの会場にスピーカーを持ち込んできたのは、この日への地ならしでもありました。

市場の無難な正解に迎合するのではなく、自分たちが信じる音を貫き、聴き手を新しい体験へと誘おうとするブランド。その思想を、できるだけ正確に、そして面白く手渡すこと。そして最後は、ご自身の耳で確かめていただくこと。ご自宅で試せる試聴機レンタルもご用意して、その機会をお待ちしています。














