Soranik MM422と、MEMSという新しい賭け——半導体が鳴らす音の入口
- 7月30日
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まだ聴いたことのない音がある、という予感は、この趣味のいちばん深いところにある楽しみだと私たちは思います。イヤホンの心臓部である発音体には、実はいくつもの方式があります。BA、ダイナミック、静電型、平面駆動——それぞれに個性と歴史がある。その系譜に、半導体で発音体を作るという、いちばん新しい枝が加わりました。MEMSです。ベトナムのSoranikは、このMEMSを核に据える世界的にも希少なブランドで、その新しいフラッグシップがMetal MEMS-422(MM422)です。

そもそも、MEMSとは何か
いちばん多くいただく質問から始めます。従来のドライバーは、ボイスコイルと磁石で振動板を動かします。この基本は100年来ほとんど変わっていません。MEMSはまったく別の作り方をします。半導体と同じシリコンを微細加工して、発音体そのものをチップとして作る、いわば「固体(ソリッドステート)のスピーカー」で、コイルも磁石もありません。原理は逆圧電効果。ピエゾ(圧電体)の薄い膜に電圧をかけると伸び縮みし、一体成形されたシリコンの振動板がしなって空気を動かします。

この極小のMEMSスピーカーを手がけているのが、xMEMSとUSoundという二つの半導体メーカーです。両社でアプローチは少し異なり、xMEMSはシリコンの膜そのものをしならせ、USoundはピエゾのカンチレバー(片持ちの梁)がピストンのように空気を押します。ただ共通するのは、素材がシリコンで、動く部分がとても軽いこと。この軽さが、次の話につながっていきます。

発音体はいろいろある。その中でMEMSは何を狙うのか
正直に置いておきたいのですが、発音体はBAとダイナミックだけではありません。静電型(コンデンサー型)や平面駆動といった方式もあり、それぞれの持ち味とトレードオフの中で愛されてきました。イヤホンの世界は、こうした複数の物理をどう組み合わせるかの工夫で、豊かになってきた場所でもあります。
MEMSがそこに差し出す新しさは、音の"作り方"そのものにあります。これまでの発音体が、細かな部品を人の手で組み上げるものだったのに対し、MEMSはICチップと同じように、半導体の製造ラインでシリコンから一体で作られる。この生い立ちの違いが、そのまま音の個性になります。
xMEMSは、自社のシリコン振動板を従来の膜より約95倍硬いと説明しています。硬い膜は、部分ごとにばらばらに揺れる分断振動——音の濁りの原因——を起こしにくい。中高域が澄んで聴こえる理屈です。応答は従来ドライバーの約150倍とされるサブミリ秒で、音の立ち上がりと消え際が滲みにくい。左右の個体差、つまり位相のばらつきは±1度に収まり、音像がぴたりと定まります。しかも、特別な膜を使わずにIP58の防水防塵、10,000Gの耐衝撃という頑丈さまで併せ持つ。どの方式が上か、という話ではありません。手作業のばらつきを、半導体の再現性で置き換える——MEMSは、そういう"別の賭け方"をした新しい方式なのです。
Soranikが、MEMSに賭ける理由
Soranikは2012年、音楽とオーディオを愛する2人の手によって、ベトナム・ホーチミンで生まれたブランドです。BAでもダイナミックでもなく、シリコンMEMSを核に据えるメーカーは、世界を見渡してもごく少数。Soranik自身は、その選択の理由をこう語っています。専業ファウンドリのMEMS製造プロセスは、膨大な数を同じ品質で作ることができ、正確さ・再現性・均一性において手組みのボイスコイル方式を上回る、と。性格の異なるxMEMSとUSoundのMEMSを組み合わせ、その再現性と統合の自由度を、一つの音にまとめあげる、それがSoranikの向かう方向です。私たちはこれを、手仕事の否定ではなく、精度の担保を半導体に預けたうえで、音の設計そのものに集中するための選択だと受け止めています。
その最新形が、MM422

MM422は、性格の異なる2種類のMEMSを組み合わせています。可聴域を1枚で受け持つxMEMSのフルレンジMEMS(6つのセルを1枚のシリコンに一体成形したもの)と、その上の80kHzまで伸びるUSoundの広帯域MEMS。この2基を、同じチャンバーの中で前後に重ねて一体で鳴らすのが「アイソバリック配置」です。二つの発音体が背中合わせに空気を支え合うことで動作が安定し、微細な情報を取りこぼしにくくなる。そうした狙いの構成で、高い評価を得た前作から受け継がれてきました。MM422はそこに、後で触れる金属の筐体という新しい器を与えたモデルにあたります。

鳴らすには、"普通と違う電源"が要る

逆圧電効果で鳴るMEMSは、従来のドライバーより高い駆動電圧を必要とします。手持ちのアンプやDAPに挿すだけでは、本来の力を出せません。実際、MEMSスピーカーを試すための評価キットでも、通常のヘッドホンアンプに高電圧のバイアス電源を足して鳴らすのが約束事になっています。MM422の公称インピーダンスが約300Ω(@1kHz)と、一般的なイヤホンよりずっと高いのも、これが片手間に鳴らす発音体ではないことの表れです。
そこでMM422は、この特別な電源を自前で抱えています。MEMSのために設計された、ポケットに収まる小さな駆動ユニット——専用エナジャイザー「AP GO」が標準で付属し、最低9000mVという高いバイアス電圧でMEMSを目覚めさせます。新設計の電圧安定化回路がそのバイアスを精密に保つことで、高域の解像感と定位が整う。イヤホン単体ではなく、発音体とそれを鳴らし切る電源までを一つにした「完成したシステム」として届く——これがMM422の姿勢です。
金属の器と、王道のダイナミック

筐体は、CNC切削した304ステンレスのハーフシェルと、3Dプリント成形のシェルを組み合わせたもの。前作の樹脂から金属へと器を変えたことで、音場はより緻密でホログラフィックになったとSoranikは述べます。背面を開いたフルオープンバック構造も効いています。閉じたイヤホンにありがちな内部の反響やこもりを抑え、開放型ヘッドホンのように音が外へ抜けることで、自然で見晴らしのよい空間が生まれます。
そして見落とせないのが、MEMSと組む2基のダイナミックドライバーです。MEMSは反応が速すぎるあまり、低域はむしろ"正確すぎて"日常のリスニングには物足りない、とSoranikは言います。そこで6mmのフルレンジと10mmのサブウーファーを加え、中低域の量感と実体感を補う。速く繊細なMEMSに、ダイナミックの体温を足す。計4ドライバーのハイブリッドは、新しい技術で既存を置き換えるのではなく、互いの得意を持ち寄る発想です。

もう一つ、地味ですが嬉しい配慮があります。MEMSと通常のドライバーを一緒に鳴らすイヤホンは、特殊な多ピン端子に頼りがちですが、MM422は独自の工夫で、ありふれた2pin 0.78mmの端子にまとめています。だから、お手持ちのケーブルに差し替えて音の表情を仕立てる楽しみは、これまでどおり手元に残ります。
聴いたことのない音を、確かめに
MM422は、高い評価を得た前作MEMS-3S 2025の音づくりを受け継ぐ、Soranikの新しいフラッグシップです。取扱いはUniversalモデルのみ、受注生産で、価格は税込627,000円。2026年7月18日(土)に受注を開始しました。
私たち飯田ピアノは正規輸入元として、この聴き慣れない発音方式と、それに賭ける若いブランドの考え方を、できるだけ正確に噛み砕いてお伝えする役目だと思っています。半導体が空気を震わせると、いったいどんな音がするのか。言葉で辿れるのはここまでで、その先は耳の仕事です。機会があれば、静かな場所で、ゆっくり確かめてみてください。














